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シャンプーが粉だった?昭和のお風呂事情

2017/10/27

住宅機器メーカー大手のLIXILが8月に発表した「我が家のお風呂事情」というアンケートは「子供のいる男性」だけを対象にしたものでした。

「使ってはいけないものがある」「最後に入って掃除してから出る」などなど各家庭のお風呂ルールからは「お父さんの悲哀」がにじみ出ているようで、同じ立場の人間として身につまされる思いがしました(涙)。

筆者が育った昭和の時代、「お風呂はお父さんが一番先に入る」のが絶対だったので、余計に今回のアンケートが印象に残るのでしょう。

ただし「お父さんが一番風呂ではない」ことは「現代のお風呂がすごく便利になった」ことも大いに関係するはず。そこで今回は昭和以降の「日本のお風呂文化」をちょっとだけ調べてみました。

戦後まもなく(1945~1954年ごろ)

都市部では戦災によって多くの住宅が失われていたので、お風呂は「銭湯」が当たり前。農村部には内風呂がある家も見られ、風呂桶は木製。お湯は薪で沸かしていました。

戦争による原料不足で作ることができなくなった石鹸は、この頃になってようやく再び作られるようになりました。髪を洗う時は資生堂が最初に発売した「髪洗い粉」という粉を使っていました。

ただし都市部の銭湯にしても農村部の内風呂にしても毎日入るような贅沢はできず、女性が髪を洗うのは月に数回だったそうです。

昭和30年代(1955年~1964年ごろ)

時はまさに高度経済成長期。内風呂が急速に普及し始めました。浴槽は丈夫なFRP製(ガラス繊維の入った強化プラスチック)で、お湯はガスで沸かすようになりました。お風呂のある家の壁からはガス風呂釜の煙突が出ていました。

石鹸が一般家庭でも使われるようになりました。髪に優しい成分でできた「粉シャンプー」が女性に人気を呼び、やがて資生堂やライオンから「液体シャンプー」も発売されました。それでも女性が髪を洗うのは週に1回か2回でした。

昭和40年代(1965年~1974年ごろ)

FRP浴槽に加えて「ホーロー浴槽」「ステンレス浴槽」が登場し、TVでもCMが盛んに流れていました。また煙突がない「バランス型風呂釜」が開発され、一部一般家庭のお風呂にもシャワーが普及し始めました。

シャンプーは単に髪を洗うだけでなく「フケ・かゆみを防ぐ」「髪を傷めない」成分などを配合。また「リンス」が登場したのもこの頃。リンスはお湯に溶いて使いました。髪を洗う回数は2日に1回ぐらいに増えました。

昭和50年代以降(1975年~)

風呂釜が屋外に出た「RF型風呂釜」が登場。またボタンひとつでお風呂に給湯できる「全自動風呂給湯器」が発売され、お湯を熱くしすぎたり、お湯があふれたりする心配がなくなりました。そういえば昔は「熱い!沸かしすぎちゃった!」なんてよく言っていたものです。

石鹸に代わって「ボディソープ」「洗顔フォーム」が登場しました。また目的に合わせた多種多様なシャンプー・リンスが登場し、毎日髪を洗うことが当たり前になりました。昭和60年代にはお湯のシャワーも出せる「洗面化粧台」が登場。若い女性に「朝シャン」が流行しました。

一番じゃなくても快適

今は、いつでもお風呂が沸かせていつでもきれいなお湯が足せるようになり、年齢性別、用途に応じたボディソープ、シャンプー、リンス(いまは「コンディショナー」でしょうか)が揃って、家族それぞれが快適なお風呂の時間を過ごせるようになりました。

世のお父さんたちも、たとえ一番風呂じゃなくても時間に追われることがない分、自分が最後に入る方がうれしいのかも知れませんね。筆者もその時間のためなら、最後にお風呂掃除だってしますとも。

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